目次
1. 酒母とは
2. 酵母選択の重要性
3. 酒母の仕込み
4. 醪の仕込み
酒の母と書いて酒母(しゅぼ)と読みます。アルコール発酵をつかさどる酵母菌が登場し、微生物的にとても重要な工程です。顕微鏡も無く微生物を見ることができない時代、“いかに雑菌を防ぎ、優良な酵母だけを増殖させる”技術を確立してくれた先人に感謝しながら、酒母の育成方法と醪の並行複発酵のすばらしさをお伝えします。
酒造りは、少量の酵母を段階的に安全に増やすことが最も重要です。醪タンクに比べ小さなタンクで添加した酵母菌を健全に増殖させ、醪へと供給することが酒母の役割です。
酒母の多くは開放タンクを使用していて、常に雑菌汚染の危険にさらされています。雑菌の増殖を抑えるためには、乳酸酸性にしておくことが重要になります。大まかに、伝統的な生酛(きもと)系酒母と速醸(そくじょう)系酒母に分けることができます。生酛系酒母は、主に微生物の乳酸菌から乳酸を作らせて雑菌を抑える方法で、生酛酒母、山廃酒母、秋田式生酛の他、水酛・菩提酛などがあり、約30日と長い期間をかけて酒母を育成します。一方、速醸系酒母は、明治末期に開発された製法で、人工的な醸造用乳酸を添加して雑菌を抑える近代的な製法で約2週間で完成します。
酵母菌の顕微鏡写真
酵母菌の電子顕微鏡写真
清酒の品質は、酒米の種類や精米歩合、酒母の種類、種麹菌の種類の他、仕込み方法、発酵方法、搾り方法、火入れ方法、貯蔵方法など多くの要因によって決まりますが、どんな酵母を使うかによって酒質は大きく変わります。発酵能力、酸やアミノ酸の生成量の違いの他、品質に大きく影響するのは香りの違いです。
コンテスト用に使われている酵母は、カプロン酸エチル系(リンゴ・メロン様)を多く生成する“きょうかい1801号”や“明利M310酵母”などが主流ですが、近年、酢酸イソアミル系(リンゴ様)の酵母や、各県や民間で開発した酵母、蔵独自の酵母、または、2種類の酵母をブレンドして使う蔵も増えてきています。
多くの蔵元と同様に、弊社でも出品用の大吟醸は速醸酒母を用いています。具体的には、全仕込みの白米の6%の量の麹と蒸米を使います。大吟醸の総米は600kgなので、酒母タンクはより小さなタンクを使います。初めに、水、乳酸、麹を入れ、乳酸酸性下で殺菌を抑えながら2時間ほどかけて、液中に麹からの酵素の抽出を促します。最後に蒸米を適度な温度にしてから入れ、最終的に約17℃で仕込みが終了します。
仕込後は、“打瀬(うたせ)”といって低温に保ち、乳酸による酸性環境で雑菌の増殖を抑えます。中盤になると、“暖気(だき)入れ”といってお湯をいれた筒を酒母の中に入れ糖化(ブドウ糖を中心とした酵母への栄養づくり)と、酵母の発酵(ブドウ糖からアルコールづくり)へ導き、終盤は“分け(わけ)”といって低温にして酵母の発酵を停止させます。
“仕込み”、“打瀬”、“暖気”、“膨れ(ふくれ)”、“湧きつき(わきつき)”、“湧きつき休み”、“分け”といった多くの工程を経て、雑菌を抑えながら酵母を酒母1ml中に2億個の数まで育てます。酒母造りは、“酒母を育成する”といいます。その名の通り子供を育てるように大事に酵母を育てる大切な工程なのです。
酒母の仕込み
酒母の仕込み
酒母の状ぼう
精米歩合40%の自社田栽培米の“百田(ひゃくでん)”の大吟醸酒は、総米600kgの小規模で仕込みます。総米というのは、醪タンクに入る白米(麹米と蒸米)の重量をいいます。一般的な仕込みの総米は1500~3000kgの仕込みを行いますが、コンテスト用の大吟醸酒の場合は、全てが手造りで、醪の発酵管理のしやすさからも多くは総米1000kg以下で仕込みます。
仕込みは、3段仕込みで行い、仕込み一日目を“初添え(はつぞえ)”といって、酒母と水と麹と蒸米を入れます。二日目は、“踊り(おどり)”といって何も入れないで酵母の増殖を促します。三日目には、“仲添え(なかぞえ)”といって、初添えの約2倍量の白米で水と麹と蒸米を入れます。四日目には、“留添え(とめぞえ)”といって初添えの約3倍量の白米で水と麹と蒸米を入れて3段仕込みの完了です。3段仕込みを目標の温度にするために、蒸米の温度を調整したり、氷を使ったりして仕込み温度を調整します。
大吟醸酒の場合、一般の仕込みより低温で長期で発酵させます。低温長期発酵により、香りが高く、きめ細かい繊細な酒質に仕上がります。現在では、蔵の空調やタンクにより温度管理は可能ですが、昔は寒冷な東北地方が大吟醸の発酵に適した環境でした。弊社の大吟醸酒は、留添えの目標品温を6℃、最高品温を10~11℃で、毎日の分析値を見ながら、0.1℃単位の温度調整や、追い水などの操作で約28日発酵させ目標の成分に導いていきます。
次回は、少しマニアックな醪の管理方法をお伝えします。
醪の仕込み
大吟醸の醪の状ぼう